ところで、ファンドマネジャーのホワイト氏はすでに五十歳を超えているが、毎週二回は皿洗いをして、土曜日は料理まで作っている。
聞けば、結婚して以来二十五年、ずっとそうして来たという。 ある時、彼が言った。
「日本の男性が家事に協力的でないことの経済的意味を、考えてみた。よく聞きたまえ。早く帰宅する必要がないから、五時までに仕事を終えようとする意識が薄く、残業が増える。そこで時間当たりの生産性が低くなり、知らないうちに企業のコストはかさむ。また、早く帰宅せずに同僚とよく飲みに行くから、二日酔いで翌日の仕事の能率が落ちる。そしてまた残業する。この繰り返しではないのかね。君らは二重、三重に会社に損害を及ぼしている」 日本の景気がいつまで鉄の女といわれたSが登場するまでは、イギリスの社会保障は至れり尽くせりだった。
その頃のイギリス人は、失業してもあまりあわてなかったようだ。 長くイギリスに住む日本人から聞いた話だが、彼の隣に住むイギリス人は、失業保険を貰いながら、パブでバーテンのアルバイトをして、相当な収入を得ていたそうだ。
その日本人が安い月給で働き、家族旅行もままならなかった時に、失業しているイギリスの知人の方は、スペインなどに平気で出かけていたという。 しかし、その後、イギリスは変わった。
手厚過ぎる社会保障と、国民の労働意欲の減退が引き起こした「イギリス病」で国が傾いたから、変わらざるを得なかったのである。 自助の考え方を前面に押し出し、社会保障制度にもその予算にも、大錠が振るわれた。
私がイギリスに来た九○年当時は、失業率が一○パーセントに近く、街も何となくすさんでいたが、やがて景気が回復し、現在では失業率も三・一パーセントまで下がった。 日本の失業率よりもはるかに低くなったのだ。
とはいえ、この国の経済社会の仕組みは働く者にとってきびしい。 何かの外的変化があれば、問を置かず影響が出る。
たとえば、ニューョークで同時多発テロが起きた時、乗客の減少を見越して航空会社は、すぐさま人員整理を発表した。 同じように、前年までは好況を躯歌していたIT企業も、ひとたび需要が落ち込めば、たちどころに数千人規模の解雇を決める。
決断は早い。 それは効率経営の基本だが、働く方にはとてもきびしい仕組みでもある。

こうした社会では、意識するしないにかかわらず、失業した時の対処法を、常に心のどこかで考えているようなところがある。

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